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大阪高等裁判所 平成10年(ラ)60号 決定 1998年3月12日

抗告人

株式会社エフ・エイチ エンタープライズ

代表者代表取締役

代理人弁護士

藤井正大

相手方

京都中央信用金庫

代表者代表理事

代理人弁護士

井上博隆

長野浩三

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一本件執行抗告の趣旨及び理由

別紙「執行抗告状」「抗告理由書(一)、(二)」「抗告理由書一部訂正の上申」(各写し)≪省略≫のとおり

第二当裁判所の判断

1  一件記録によれば、以下の事実が認められる。

相手方である債権者京都中央信用金庫は、原決定添付別紙物件目録記載の不動産(以下「本件建物」という。)に対し、根抵当権設定登記に基づき、京都地方裁判所に不動産競売を申立て、平成八年一〇月一一日不動産競売開始決定を得、同月一四日差押登記がなされた。

そして、相手方は、平成九年一〇月三日、亡C(以下「C」という。)相続人A(以下「A」という。)を「所有者」として、貸借人である抗告人を「債務者兼賃借人兼転貸人」として、転借人である株式会社阿月京都駅店を「第三債務者」として、根抵当権の物上代位に基づく転貸料債権の差押命令を求める申立をなしたところ、原審はこれを認めて差押命令を発した。

2  争点

(一)  根抵当権に基づき転賃料に対する物上代位が認められるか。認められるとしてその要件如何。本件は同要件を充足しているか。

(二)  相手方の本件債権差押命令申立は信義則違反あるいは権利濫用といえるか。

3  当裁判所の判断

(一)  争点(一)

賃料に対する物上代位については、賃貸借と抵当権設定の前後を問わず、これを肯定することは、最高裁判所平成元年一〇月二七日判決(民集四三巻九号一〇七〇頁)で示されたところであり、抵当権(根抵当権を含む。以下同じ)の目的物について賃貸借契約が締結された上、賃借人が転貸した事案において、所有者(賃貸人)と賃借人とが実質的に同一視される場合、或いは賃借人と転借人との転貸借が原賃料に対する抵当権の行使を妨害する目的でなされ詐害的なものである場合など、所有者と転借人間に直接賃貸借契約が締結されたものと評価しうる場合には、転借人の支払う転賃料についても抵当権の物上代位権が及ぶものと解するのが相当である。

抗告人は、転賃料債権に対しては物上代位は認められない、あるいは転賃料債権に対し物上代位を認めるにしても、原賃貸借が抵当権設定登記後のものに限るべきであると主張するが、前記見解は形式は転貸借であっても実質的には賃貸借と評価できる点に着目して物上代位を認めるものであり、したがって前述のとおり原賃貸借と抵当権設定登記の前後を問わないものである。

そこで、本件について所有者と転借人との間に直接賃貸借契約が締結されたと評価できるか否かについて検討するに、一件記録によれば、以下の事実が認められる。

CはAの母であり、またD(以下「D」という。)はAの妻であり、Cと養子縁組をしている。

抗告人は、昭和三九年設立され、後に商号を「株式会社阿月」から現在の商号に変更し、和菓子の製造販売を営んでいた。代表者は当初Cが就任し、昭和四一年以降はAが就任し、役員にも親族が就任した。Aの親族の株式の全株式に占める割合は現在約七〇パーセントである。

他方、株式会社阿月京都駅前店(以下「阿月店」という。)は昭和五五年九月八日設立され、京都駅のポルタ及び大丸に店舗を持ち、飲食店を経営していた。代表者は平成七年八月まではAであり、その後はDが就任している。A及びDの親族の株式の全株式に占める割合は現在約四一パーセントである。

阿月店は抗告人のグループ企業であり、平成八年八月二一日まで抗告人及び阿月店の代表取締役はAであった。

Cは、平成元年七月八日本件建物を建築し、同日本件建物を抗告人に賃貸した。同賃貸借の内容は賃貸期間一〇年、賃料月一〇三万円であり、敷金の定めはなかった(≪証拠省略≫)。そして、賃料は平成七年一〇月分から月八〇万円に変更された(≪証拠省略≫)。

相手方は本件建物に対し平成元年七月三一日に順位一ないし九番の根抵当権(債務者は抗告人)を設定した。

抗告人は、平成七年赤字のためこのままの状態では営業を継続することが困難になり、阿月店との合併を検討し相手方に提案したが、相手方の了承を得られず、更に追加融資を受けられない前提での整理案を検討した結果、阿月店に対し抗告人の財産の譲渡をなすことにした。

そして、平成七年八、九月に財産を評価して財産を譲渡し、譲渡代金は分割で支払うこととし、結局譲渡代金を八四五三万六二七八円と定め、平成八年五月から月一〇〇万円(平成八年一〇月のみ一五〇万円)を分割払いとすることになった(≪証拠省略≫)。

抗告人は営業を廃止し、約二三名の従業員を解雇し、内二二名は阿月店に再雇用された。

本件建物については平成七年一〇月一日転貸借契約を締結し、その内容は賃貸期間を定めず、賃料は月九〇万円で、敷金の定はないというものである(≪証拠省略≫)。Cは平成七年九月一六日同転貸借を承諾した(≪証拠省略≫)。

Cは平成九年四月二四日死亡し、Aが本件建物を相続した。

そこで検討するに、本件ではAが現在所有する本件建物をAが代表者である抗告人が賃借し、更にDが代表者である阿月店が転借している形態になっている。そして、抗告人及び阿月店は同族企業であること、阿月店は抗告人のグループ企業であり、一旦は合併を考慮したものの、その案が不可能になったため、阿月店への財産譲渡を選択したものであること、抗告人は阿月店に財産譲渡をなし、営業を既に廃止して単に賃借人の地位を有するのみであること、賃貸借契約及び転貸借契約ではいずれも敷金は差し入れられていないこと、Aは所有者及び抗告人代表者であることを総合すると、本件建物につき実質的には所有者と転借人間に直接賃貸借契約が成立しているものと評価することができる。

したがって、根抵当権者である相手方は、根抵当権による物上代位により、抗告人を債務者として、転借人を第三債務者として、転賃料債権を差押えすることができるというべきである。

(二)  争点(二)

抗告人は、本件債権差押命令の申立は信義則違反あるいは権利の濫用であると主張する。すなわち、抗告人は京都市<以下省略>の土地の一部三〇坪の購入を考えたところ、相手方は同土地全部の購入を薦め黒字であった阿月店に過剰な融資を行い、阿月店名義で土地を購入させたが、抗告人は同土地を阿月店から買い取り、阿月店の借入債務を肩代わりし、バブルの値下がりにより多額の負債を被った、そこで抗告人は全財産を阿月店に譲渡し、阿月店から代金の分割払いを受け、同分割金を相手方に対する債務の弁済に充てているものであるが、相手方は同財産譲渡を詐害行為であると主張してその取消を求めて訴えを提起し、また物上代位により本件差押えを求めてきており、これは信義則違反であり、また権利の濫用であると主張する。

しかし、相手方が融資を勧めたとしても抗告人及び阿月店はこれを了承した上で融資を受けていたこと、相手方が抗告人と阿月店を別々に扱ったのは前記財産譲渡の前であること、また相手方が阿月店に対する同財産譲渡行為を明確に了承したことを認めるに足る資料はないことを考慮すると、相手方が詐害行為としてその取消を求め、また転賃料に対し物上代位による差押えをなすことが信義則違反あるいは権利の濫用であるということはできず、他にこれを認めるに足る資料はない。

(三)  結論

よって、抗告人の本件執行抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 高田文仲 德永幸藏)

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